セルロイドサロン
第96回
松尾 和彦
モボ・モガの時代のセルロイド



 1918年(大正七年)、歴史上初めての世界的規模のものとなった大戦争が終結しました。この戦争は政治、経済、文化に多大な影響をもたらしています。

先ず政治的な影響としてはドイツ、ロシア、トルコでは革命が起き王政が倒されました。オーストリアでもハプスブルク家が追放されて従来の四分の一の大きさとなり、チェコスロバキア、ユーゴスラビアという新しい国が生まれ、ポーランドが復活しました。

アメリカでは女性への参政権が男性よりも五十年遅れで認められ、完全な普通選挙が行われるようになりました。

 日本でも大正デモクラシーと呼ばれる自由主義、民主主義的な考えが広がり、男女平等、普通選挙の要求、天皇機関説、護憲運動といった動きが広がっていくこととなります。

 また教育でも自由主義的な運動が起き成城、明星、和光、玉川、文化学園といった今でも続いている学校が創設されました。



 経済面では戦争中の空前絶後と言える好景気、戦争終結後の大不況に伴う悲喜劇が多く語られています。靴を探そうとしたのですが暗くてよく見えないので、今なら五万円以上にも相当する十円札を燃やして「これで明るくなっただろう」と言ったという話や、乗っていた列車が転覆した時に札束を差し出して「これをやるから俺を一番最初に助けてくれ」と言った話などは、まさにこの頃のものです。



 文化面では、アメリカの女性を縛りつけていたコルセットから解放されるとともに、長髪から短髪、ロングスカートがミニスカートとなり、チャールストンのような動きの激しい踊りが流行することとなりました。

 このような動きは日本にも伝わります。第一次大戦の戦勝国となった日本は、やはり戦勝国のアメリカやヨーロッパの気風、文化を取り入れるようになり、大正デモクラシーによって個人の自由や自我の拡大が叫ばれたことと相まって進取の気風を取り入れるようになります。男女ともに洋服を着るようになり、髪も伝統的なスタイルから洋髪となっていきます。これがいわゆるモボ・モガの誕生です。



 榎本健一の「洒落男」では「山高シャッポにロイドメガネ・・・」がモボのスタイルだとされていますが、このスタイルにもセルロイドが役に立っています。

ロイドメガネ、すなわちアメリカの喜劇俳優ハロルド・ロイドがかけていたような丸メガネが流行したのですが、素材はセルロイドでした。山高帽子を立たせるための芯やつばの部分にもセルロイドが使われています。

洋服用のカラーにもセルロイドが使われています。取り外しがきいて水洗いしただけで汚れが取れるセルロイドは、汚れやすい襟首や袖口に使うのに適していたのです。



 女性、すなわちモガの変化はモボ以上のものがあり、日本髪を短く切ったので簪や笄ではなく、「ヘアーピン」、「バングル」などを髪に飾るようにしていきます。髪をとくのにも木櫛から「ブラシ」へと変わりました。洋服の「ボタン」や「ブローチ」、「ハイヒールのかかと」、「バッグの留め口」などもセルロイド製です。

 洋服を着るためには洋風の御化粧をしないといけません。この為の「化粧道具一式」、ハイヒールを履くための「靴ベラ」などにもセルロイドが使われています。



 モボ・モガが好んだスポーツがゴルフです。ゴルフはイギリスが発祥の地とされていますが、オランダ、中国などの説もあり、はっきりとしたことは分かりません。日本には幕末に伝わったとも言われていますが、最初のゴルフ場が出来たのは1903年(明治三十六年)のことで、今でも営業を続けている神戸ゴルフ倶楽部が発祥の地です。逆風のことをゴルフでは「アゲインスト」と言いますが、これは実は和風英語で神戸ゴルフ倶楽部の用語が全国に広まったのです。

 初めのうちは外国人しか使っていなかった神戸ゴルフ倶楽部ですが、明治の終わり頃からは日本人も利用するようになっていきます。そして第一次大戦の好景気により一気に利用者が増えます。

 この頃、阪神間モダニズムと呼ばれる芸術、文化、生活様式の変化が著しくなります。関西ではモボ・モガよりも有名で、この動きが東京にも伝わって田園調布や軽井沢が開発されていきます。



 セルロイドハウスは、この当時に使われていたであろうと思われるゴルフクラブの寄贈を受けました。シャフト部分は流石に時代を感じさせる竹製ですが、ネックソケットには既にセルロイドが使われています。そのシャフトの竹は継ぎ目が見られません。ミズノの製品で修理に出したところ、ミズノが驚いて寄贈を申し出て無料で修理したというエピソードがあるほどです。



 このようにモボ・モガの時代もセルロイドが使われていて一時代を創ったのですが、金融恐慌、世界不況とそれに続く戦争の時代になるとモボ・モガも消えてしまいました。そして自由主義、民主主義も消えて国家総動員体制となった頃にセルロイドも軍事優先となってしまったのです。




著者の松尾 和彦氏は歴史作家で近世、現代史を専門とし岡山市に在住する。


セルロイドサロンの記事およびセルロイドライブラリ・メモワールハウスのサイトのコンテンツ情報等に関する法律的権利はすべてセルロイドライブラリ・メモワールハウスに帰属します。
許可なく転載、無断使用等はお断りいたします。コンタクトは当館の知的所有権担当がお伺いします。(電話 03-3585-8131)



連絡先: セルロイドライブラリ・メモワール
館長  岩井 薫生
電話 03(3585)8131
FAX  03(3588)1830



copyright 2009, Celluloid Library Memoir House