セルロイドサロン
第91回
松尾 和彦
生分解性樹脂とセルロイド



 プラスチックの特徴の一つに「安定で変化しない」があります。この特徴は使用中には丈夫で長持ちするという長所となるのですが、使用後は何時まで経っても分解しない、すなわち自然に戻らないという欠点になってしまいます。

 プラスチック廃棄物は比重の軽さゆえに埋め立て処分場などでよく目立ち、容積占有率が高く、埋め立て処分場などが不足する元凶となっています。

 また自然環境に散逸した場合には鳥や亀などが誤飲したり、足や体に絡まったりして命を奪うことになったりしています。



 このような状況を受けて開発されたのが分解されるプラスチックです。自然界で崩壊したり、光によって劣化したりという性質を持っているのですが、これも不十分です。というのは崩壊性のものはポリエチレンと澱粉との組み合わせですので、ポリエチレン部分は残ってしまいます。また光劣化性では光が当たらなかったところが残ります。つまりはバラバラになってしまうだけのことです。



 生分解性とは単にバラバラになるだけではなく、微生物の力を借りて分子レベルにまで分解して、最終的には水と二酸化炭素となって自然界へと循環していくという性質のことです。

 最近の研究ではポリエチレンも生分解されることが分かっていますが、その単位は五十年、百年ですから、とても生分解性とは言えません。

 本当の生分解性樹脂でしたら、一~二ヶ月で水と二酸化炭素にならないといけません。



このような特性を持ったプラスチックのことをグリーンプラスチックと言います。グリーンプラスチックには、微生物が代謝の過程で体内に蓄積したポリエステルを利用したもの、キトサン、澱粉、セルロースなどを変性して熱可塑性を与えたもの、トウモロコシなどから作られた乳酸などのモノマーを重合したものなどがあります。



ここで最終的に二酸化炭素になるのであったら結局は地球温暖化の原因となるのではないかと思われたと思います。

 温室効果ガスの代表である二酸化炭素は産業革命以前には280ppmで何万年も推移していたものが、現在では380ppmにまで増加して、二十一世紀の終わりには500~1000ppmにまで上昇するのではないかと言われています。

 現在でも地球温暖化が問題となっているのに、二酸化炭素濃度がそこまで上昇したらどのようになるか、想像しただけで恐ろしくなる気がします。



グリーンプラスチックも確かに二酸化炭素を放出します。しかし一般的なプラスチックが自重の三倍程度の二酸化炭素に変わるのに対して、グリーンプラスチックでは二倍程度です。つまり自重と同じくらいの二酸化炭素を削減することが出来ます。日本の年間プラスチック需要は1,500万トン。この一割がグリーンプラスチックに換われば150万トンの二酸化炭素を削減したことになります。

 また一般的なプラスチックが水と二酸化炭素に変わるのは燃焼によってですから、酸素を大量に消費することになり、一気に二酸化炭素を放出してしまいます。

 これに対してグリーンプラスチックはコンポストや土中でゆっくりと二酸化炭素に変わっていきますので、バイオマスに吸収されたり、植物に固定されたりします。



 最近ではさらに再生可能な資源から生産されるバイオマスプラスチックの利用が促進されて、2010年代の後半までには既存汎用プラスチックの20%程度、すなわち250~300万トンをバイオマスプラスチックとすることが目標として掲げられています。

 石油などの化石資源消費を削減するとともに、再生産可能な材料を使えば二酸化炭素濃度の上昇を抑えることも出来ます。これがカーボンニュートラルなのです。



 ではセルロイドはどうでしょうか。セルロイドの原料は硝化綿と樟脳にエチルアルコールです。これに染・顔料を加える場合もあります。これらの原料に見ていくことといたしましょう



硝化綿
 硝化綿は綿を硝化して作ったという意味から付けられた名前ですが、別に綿を原料とする必要はありません。事実、木綿の短繊維であるリンターや木材パルプなどを使用している場合が多いのです。綿花は一年生植物ですから直ぐに再生産が出来ます。

 これらに含まれているセルロースを硝化したものが硝化綿、すなわちニトロセルロースです。硝化の反応式は下記の通りです。

[C6H7O2(OH)3]n + HNO3 ⇔ [C6H7O2(OH)3x(ONO2)x]n + H2O
セルロース     硝酸      硝化綿           水

 この反応は脱水剤としての硫酸を添加することによって平衡が右へ進み、硝化度の高いものが得られます。

 硝酸の原料である窒素は、かつては硝石などから得ていましたが現在では空気中にあるものを固定しています。窒素は空気中の約八割を占める成分ですから、これが不足するとか環境破壊になるとかといった心配はありません。

 硫酸の硫黄は火山などにあるものを掘り出していたのですが、石油や石炭などを脱硫した時に得られるものを利用するようになりました。こちらのほうが価格は安い上に純度も高い、しかも環境浄化につながるのですから、一石三鳥です。



樟脳
 樟脳はご存じのとおり、樟樹の葉から精製されます。樟樹は台湾をはじめとする亜熱帯、暖帯、温帯地方に広く分布しています。成長の早い植物ですので、定期的に葉を取らないとかえって順調な成長を妨げることとなります。

 木が喜ぶことをして樟脳も得られるのですから、これも硫黄と同じで一挙両得です。



エチルアルコール
 エチルアルコールは最近では石油に代わる自動車燃料として注目されています。これは何も最近に始まった研究ではなくて、1920~50年代頃には砂糖大根から作ったエタノールをガソリンに混ぜて使っていました。ところが油田が次々に開発されて油が水よりも安いような時代がやってきました。そのために立ち消えとなっていました。

 ところが石油ショックによる原油価格の高騰に対応するために、ブラジルではプロアルコール政策を実施していきました。自国の砂糖キビから作られるエチルアルコールを燃料とする政策を進めた結果、既に新車の半分以上がエチルアルコール対応となり、混合率は25%となっています。

 アメリカでも中西部で生産されるトウモロコシを使ってエチルアルコールを生産して燃料としています。

 エチルアルコールを生産するための材料となる砂糖大根、砂糖キビ、トウモロコシは何れも一年生植物ですから、直ぐに再生産が可能です。また大根とキビは砂糖を絞った後のカスを発酵させるのですから、廃棄物処理を同時に行っていることになります。



 このようにセルロイドを製造するための原料は何れも自然界にあり再生産が可能なものばかりです。発明された当時は、今ほど化学工業が盛んでなかったことも幸いして最初のグリーンプラスチックとなったわけです。

 新しいグリーンプラスチックの開発もいいのですが「温故知新」の言葉のように今一度セルロイドに注目するべきではないのでしょうか。




著者の松尾 和彦氏は歴史作家で近世、現代史を専門とし岡山市に在住する。


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