セルロイドサロン
第38回
松尾 和彦
三光丸本舗見学記

 三光丸という薬をご存知でしょうか。センブリ、オウバク、カンゾウ、ケイヒなどを原料とする生薬で胃弱、食べすぎ、食欲不振、消化不良、飲みすぎ、もたれといった胃腸関係の不調に効能がある薬です。大相撲の懸賞でも名前を見ることが出来ます。また九州、特に佐賀県では数多くの琺瑯看板を見かけます。でも薬局に行っても買い求めることは出来ません。何故なら三光丸は昔懐かしい置き薬だからです。


 このような商売形態を取っていることからもお分かりのように三光丸は非常に古い薬でして一三一九年にまで遡ることが出来ます。その当時は紫微垣丸(しびえんがん)といっていたのですが、南朝方の天皇として有名な後醍醐天皇が都落ちをした際に腹痛を起こしたので服用したところ、たちまちのうちに回復しました。その時に上る太陽と沈む月、そして宵の明星こと金星の三つの光が見えたことから三光丸と名付けました。以来、六百七十年以上に渡って作り続けられているという歴史を持った薬です。

 ところで元の名前であります紫微垣という聞き慣れない名前ですが、これは北極星の近くに紫微という星があり、その二つを垣根のように取り囲む十五個の星を指す古代中国の占星学から取られた名前です。ご存知のように紫色は古来から洋の東西を問わず最高の地位にあるものの色とされてきました。紫微とは天あるいは天帝を指し示す言葉で日本にも伝わってきたために聖徳太子の冠位十二階でも濃紫が最高とされてきました。紫微垣とはそのような由来を持った名前なのです。

 では三光とはどのような意味があるのでしょうか。また後醍醐天皇が名付けたというのは本当の話なのでしょうか。実際のところ後醍醐天皇命名説は確立されたものではありません。しかし最近の研究で真相に迫ることが出来ました。

 中世では日、月、星をもって天皇の権威を象徴するものとの「三光思想」が唱えられていました。それぞれを三種の神器に喩えていたのですが、鏡が日(太陽)、玉を月の精、剣を星の気で表しているものです。この「三光思想」が話題となっていたのは後醍醐天皇の周辺だったのです。

 後醍醐天皇が名付け親かどうかはまだこれからの研究成果を待たないといけませんが、何らかの関わりがあったことだけはと事実のようです。

 この三光丸本舗のある奈良県は富山県、佐賀県と並ぶ薬どころとして知られている土地柄ですが古事記、日本書紀などにも記述があり、また推古天皇、役小角らが薬を作るのに関わっていたということからしますと日本で一番古い薬どころと言えるでしょう。「大和は国のまほろば(一番良い場所)」と言われてきたところでもあります。その地にあって二万平方メートルという広大な敷地を有します三光丸本舗は、JRの掖上駅からですと徒歩十分、近鉄市尾駅からは十五分のところにあります。

 この恵まれた場所で作られる三光丸は今では機械化されていますが、かつては総て手作りでした。その様子は敷地内にある資料館で拝見することが出来ます。またシアターがあったり、原料となります薬草を手にとって見たりということも可能です。そして庭を散策いたしますと薬草がさりげなく植わっているのに驚かされます。

 約千二百平方メートルの敷地内にあります三光丸クスリ資料館には大和の薬の歴史をひもとく「薬のまほろば館」、三光丸の歴史と技を伝える「三光丸こころの館」、そして純日本庭園「和(なごみ)の庭」などがあり見学者を歓迎してくれます。

 この三光丸本舗を去る二○○五年十一月十二日にセルロイド産業文化研究会のメンバー七名が訪問しました。また前日のカンファレンスには三光丸薬博物館長の浅見様が出席されました。両者のサイトは相互リンクしていますのでどちらからもアクセス出来ます。

三光丸本店の住所等は以下の通りです。
〒639-2245 奈良県御所市今在700-1
TEL(0745)67-0003
http://www.mahoroba.ne.jp/~sankogan/

 ここまで読まれましてもセルロイドに関しますことが出てこないのでどうして取り上げたのかと思われていることと思います。この三光丸はかつて携帯容器としてセルロイドを使っていました。小さくて細長い容器に一回分が入っていたのです。

 セルロイドは軽いしガラスに比べると割れにくかったために薬などの容器としても適していました。この三光丸の他にも目薬の容器になったり軍隊用のマラリア予防薬を入れたりしました。軍隊のように荒っぽい使い方をするところではガラス容器は不向きだったのです。

 こういったセルロイド容器も横浜のセルロイドハウスで収蔵しておりますので、ご来館されました折には見学なさってください。


 次回には三光丸くすり博物館館長の浅見様が「セルロイドと容器」のテーマで執筆してくださいますので、ご期待なさっていてください。

著者の松尾 和彦氏は歴史作家で近世、現代史を専門とし岡山市に在住する。


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