セルロイドサロン
第35回
松尾 和彦
縁日とセルロイド

 「縁日」という言葉には何かしら懐かしさがある。子供の頃に何時もより多目の御小遣いを握って、心を躍らせながら向かった思い出を持たれている方も多いでしょう。

 八日の薬師、十五日の阿弥陀、十八日の観音、二十四日の地蔵、二十八日の不動、子の日は大黒、寅の日は毘沙門、巳の日の弁天といった縁日には、普段の何倍もの参詣者が訪れます。

 そしてその人々を相手にする露店が多く出ています。中には直ぐに仕掛けが分かる怪しげな見世物や、ちっとも当たらないインチキな占い師などが店を開いています。でもそのようなものに対して誰も目くじらを立てて文句をつけたりはしません。縁日は神様、仏様に会える「晴れの日」だからです。

 子供達にとっても縁日は「晴れの日」で人工甘味料、着色料の塊のような駄菓子をほうばって露店を見て廻ります。

 この露店の縁日で売られている玩具は、一般の店で売られているものよりも小さくて価格も安い小物玩具と呼ばれるものが多い。ただしそれには落ちがあって壊れやすいのです。しかし文句を言おうにも相手はその日限りの商売人であり翌月に来た時には、そんなことは忘れています。たとえ覚えていたとしても「晴れの日」の商いには文句をつけにくいものです。

 この縁日で売られている小物玩具には数多くのセルロイド製品が見られる。最初のセルロイド玩具が吹き上げ玉であったように、価格が安くて大量生産が出来るセルロイドは縁日の小物玩具向きの材料であったのです。

 売るほうにとっても軽くて小さいのは都合がよく、何段かの重ね木箱に分類別けして入れて持っていき、そのまま並べれば商売が出来ます。そして重ねてしまえば店じまいというわけです。


 それでは縁日で売られていたセルロイド玩具をお面を被って見に行くことといたしましょう。

ヨビコ笛: 明治時代から作られていて大変に人気のある玩具でした。元は美しく印刷されたブリキ製でしたが、一九三八年(昭和十三年)に内地向け金属玩具の製造が中止されるとセルロイド製のものに変わりました。それも最初のうちはカラフルだったものが白一色となり、厚みも薄くて手に持っただけで壊れてしまうようなものになりました。そのようなものさえも手に入れなくなった時に日本は、どうしようもないところまで来てしまっていたのです。

 このヨビコ笛に似たものにはラッパ、唐人笛などがありました。

樟脳船: セルロイドの切れ端を張り合わせて船の形にしたものの後ろに樟脳をつけると表面張力の変化により前に進みます。エンジンも何もついていないのに動くことが子供の目には不思議に思えました。この仕組みは江戸時代には既に知られていて樟脳船の他に松脂船、熊の肝船などが作られていました。本体がセルロイドなら動力が樟脳と兄弟のような組み合わせです。

風車: 非常に歴史の古い玩具で平安時代には既に遊ばれていました。そして江戸時代には最も好まれる玩具の一つとなりました。紙からセルロイドに変わり、そしてプラスチックとなって今でも遊ばれています。

ハッカパイプ: 子供にとって縁日は玩具だけでなく食べ物も楽しみの一つでした。様々なキャラクターの顔がついたパイプの中にハッカの入った砂糖を入れて吸ってみると甘い味とともにハッカのスーッとくる感覚を味わうことが出来ました。直ぐに無くなってしまいますが、そこは良くしたもので中身だけでも売ってくれます。今でもウルトラマンシリーズや仮面ライダー、ポケモンなどのキャラクターがソフトビニールの容器となって売られています。

髪飾り: 女性は子供の頃からお洒落に関心があって、中でも髪は「女の命」と言われるとおり髪に凝ります。縁日で売っているような髪飾りは桜、薔薇など花の形をしたカラフルなものが多く、髪に挿しただけでお洒落な気分になったものです。

首飾り: 髪を飾ったら次には胸元を飾りたくなるのが女心というものです。カラフルな色ガラスとセルロイドとを組み合わせた首飾り、ブローチなどをつけて少し大人になったような顔をしていました。

指輪: 髪飾り、首飾りとくれば次は指輪になります。赤や青などの指輪を嵌めて御嫁さんになったような顔をしていた女の子は、実際にはどのような指輪を貰ったのでしょうか。

風防メガネ: 戦前の男の子にとって軍人、中でも飛行機乗りは憧れの的でした。小さな半球型のセルロイドを二つつなげたものにゴムをつけただけのものですが、まるで飛行機乗り、それも撃墜王になったような気分になったものです。

エーヤーリング: 箱にはこのように書いていますが、もちろんエアーリングです。竹とんぼと同じように風車のようなものを回転軸に差し込んで勢いよく廻してやると宙に飛んでいきます。空き地や河原などで遊んでいるうちに夢中になって道路に飛び出したり、川に落ちたりといったことがよくありました。今では遊べるような空き地が無くなったのは残念です。

松風コマ: 鉄アレイのような形をした穴を二つ開けたものに通した糸を緩めたり引っ張ったりすると回転します。その時に風を切るような音がします。小さいながらも笛のような構造になっていたのです。その音が面白いといって糸が切れるまで遊んだものです

吹き上げ玉: 永峰清次郎が最初に作ったときにはストローから息を吹き込むと、文字通り小さな玉が上がったり下がったりするものでしたが、次第に改良が加えられてキューピー人形などが用いられたり、玉がくるくる回りながら上下するようになりました。その単調だが、飽きのこない動きが面白くて何回も吹いたものです。

お面: 被るだけで動物になったり英雄豪傑になったり、変身物のヒーローになったりできるお面は今も昔も子供達が喜ぶ玩具です。最初は紙張子だったのがセルロイドに変わり、今では塩化ビニールなどの各種プラスチックとなっています。


 このように縁日にはセルロイド製の小物玩具が多く売られていましたが、今ではほとんど見られなくなりました。ところが奇跡のような出来事がありました。セルロイド玩具全盛時代の露天商の方が持っていた十一段重ねの木箱が見つかったのです。中には当時売られていました小物玩具や花火などが、そっくりそのまま残っていました。その持ち主の方は兵隊に取られて、戦争から帰ったらまた商売をやろうと考えられていたのですが戻ってきませんでした。そして商売道具だけが主の帰りを待ち続けたのです。この重ね木箱は堺市の博物館にあります。普段は非公開のようですが、頼めば見せてもらえると思います。


 縁日は一時は子供の数が減少したためにすたれましたが、今では商店街などの人集めのイベントとして復活しています。売られているのはプラスチック製のものが殆どになりましたが、今でも似たものが見られますので機会がありましたら出かけラレたらいいと思います。

 そしてかつて売られていたセルロイド玩具は、子供の飽きっぽさと壊れやすさのために見られなくなってしまいましたが、今でも比較的安価に求めることが出来ます。もし見つけられたら迷うことなく買うようにしてください。

著者の松尾 和彦氏は歴史作家で近世、現代史を専門とし岡山市に在住する。


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