セルロイドサロン
第238回
松尾 和彦
ウイルスとの戦い

 Covid-19という新型コロナウィルスが世界中に蔓延して遂にWHOがパンデミック宣言を行いました。最初は中国武漢だけの局地的なものと思われていたのですが、またたく間に世界中に拡がりました。
 日本でもクルーズ船だけのものだったのが、今や発生していない都道府県のほうが少ない状況となり学校は休校、行事は中止、劇場は閉鎖、スポーツイベントは無観客、オリンピックも開催が危ぶまれる状態になりました。一説では既に中止で決定済みなのだが、あまりにも社会に与える影響が大きいので発表を控えているとも言われています。これがデマであってほしいのですが、今の状況を見ると完全に否定することも出来ません。
 今回のような細菌、ウイルス等による疾病の蔓延は人類の歴史とともに始まっているのではないかと思われるほどのものがあります。何しろ古事記、日本書紀、聖書等にもこれではないのかなという記述が見られるほどです。

 今回はこのようなウイルス等と人類が如何にして戦ってきたかを語り、その中で樟脳、セルロイドが関わってきたかを見ていくことといたしましょう。

 人類が経験した疾病との戦いはB.C.5000年頃の遺跡に見ることが出来ます。その頃の人骨から結核に感染していたと思われる形跡があるのです。結核だけでなく天然痘、ペスト等との戦いも壮絶なものがあります。
 そして何よりも有名なものがスペイン風邪です。この名前からスペインが発生源のように思われていますが、実は1907年頃にカナダのカモのウイルスがアメリカイリノイ州の豚に感染していたものが、1915年頃から拡がっていったのではないかということが近年のコンピューター解析によって推測されています。 最初はアメリカだけの局地的なものだったのが、参戦してヨーロッパに進軍したことにより1918年3月頃からヨーロッパ諸国に蔓延しました。第二派はその年の秋に世界中で発生し、第三派が1919年春〜秋にまたしても世界中で発生しました。日本での被害は、この第三派によるものが一番大きく39万人が死亡したとも言われています。
 ところでこのスペイン風邪なる名前ですが、スペインは発生源になったわけでも流行の中心地であったわけでもありません。当時の第一次世界大戦でスペインは中立国でした。そのため報道の自由が守られたために流行していることが発表できたのです。
 どうしてアメリカ等の参戦国が報道出来なかったかというと、何処で流行しているかを報せると軍隊の移動等が判ってしまいます。そのため報道できたスペインの名前がついたというわけです。

 この時にも今回と同じようにマスクが不足しました。その当時、マスクの芯としてセルロイドが使われていたということはサロンの第95回に書いた通りです。また呼吸器系疾患であるインフルエンザに効果があるとしてセルロイド製のカラー、カフスなどを身に着けるという珍騒動が起きたことも述べました。

 人類の命を最も多く奪ったもの。それは戦争でも結核でもインフルエンザでもなくてマラリアです。
 マラリアは原虫によって発生する伝染病ですが、3000万年前のハマダラカからも原虫の痕跡が見つかっているというほど古い歴史をもっています。
 人類との戦いも少なくとも1万年前には始まっていたと推測されるほどで、キニーネなどの治療薬、殺虫剤などが発明された現在でも100以上の国で発生しており、毎年2億人が感染し60万人以上が死亡しています。
 日本でも奈良時代には既に流行していたのではないかと思われる形跡があります。はっきりとした形で現れるのは1874年(明治七年)の台湾出兵で、この時の被害は戦闘による死者は12名、負傷者25名であったのに対して、マラリアなどの感染症患者延べ16,409名、死者561名という大惨事となりました。当時の兵隊は総数で6,000名足らずですから、如何にひどい状態であったかが判ります。
 マラリアはこの後の日清戦争、第二次大戦等でも日本軍にとっての強敵となります。この時、兵隊に予防薬を持たせたときのセルロイド製容器が横浜館に収蔵しています。飲み方の注意事項などが書いてある最後が「マラリアにはならぬ」と結ばれていることが、如何に苦労させられたものであったかを物語っています。
 この他、三光丸等、薬の容器、浣腸剤の入れ物等にセルロイドが使われました。それらも横浜館に収蔵しています。是非ご覧ください、と言いたいところなのですがあいにく今回のコロナウィルス騒動で閉館中です。再開しましたら連絡をいたしますので、その時によろしくお願いします。


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