研究調査報告
平井 東幸

セルロイドの自然発火―戦後の事情
セルロイド産業史5



 本題に関係はないが、「セルロイド」をタイトルに含んだ小説があるのかどうかを、先日都心の某大学図書館で調べたところ、ありました。松永延造の『職工と微笑―微笑を恐怖するセルロイド職工』(平成59年 国書刊行会)である。著者(1895〜1938)はカリエスで生涯苦しみ、43歳で没した。この作品は川端康成が評価した由。主人公はセルロイド職人の設定だ。文中に「私は病院に寄食していた頃、カリエス患者のコルセットを造るため、セルロイドを取り扱う事に習熟したので、その後も、あるセルロイド工場に入って生活費を得ていたのである」とあるくらいで、セルロイドについてのそれ以上の記述はないようだ。本人は横濱の大手材木商に生まれたので、実際に林芙美子のようにセルロイド工場で働く必要もなかったし、また、身体が不自由で働くことも出来なかったのではないだろうか。それにしても、当時はセルロイド加工業が世間でポピュラーであったことが知られるし、またセルロイドがコルセットにまで使われていたことが分かり、その用途の多様性にあらためて感心する。

 先にダイセル化学工業のセルロイド関連施設と資料が、日本化学会の「化学遺産」に選定されたことは、まことに喜ばしい。朝日新聞の天声人語子は早速これを採り上げた。セルロイドを懐かしむとともに、その弱点として壊れやすことを挙げていた。たしかに、その後の石化系プラスチックに比べると、燃えやすさと壊れやすさは2大欠点ではあった。

 そこで、本題に入るが、昭和27年、日本建築学会関東部会で防火に関する研究報告が行われ、そのなかに、セルロイドが含まれている。そのタイトルは「建物と出火原因との関係について(その1)−セルロイドの自然発火の場合」、報告者は塚本孝一。敗戦後の復興の時期であるが、以下にその要点を紹介しておこう。いずれも東京の調査結果である。

1) 東京でのセルロイド(フィルムを含む)は自然発火の約4割を占める。しかも、発火時期は7,8月に集中しており、年間の7割強を占めている(表1参照)。

表1  月別の発生件数
17 20 48
(注)昭和24年〜26年の合計件数


2) 発火件数は表1の示すように気温の高い時期に集中しているうえに、その時間帯は「一日の中で気温の高い午後には発火が少なく(15%余)、夜半に多い(70%)」。これは、「セルロイドが長く貯蔵されている間に、水分の作用によって加水分解をおこし、その分解生成物間の酸化反応によって発熱する。発熱によって熱の放散がよくない場合には、次第に蓄積されて熱分解をおこすようになる」と説明している。納得である。

3) 発火しているケースは、透明のもの、薄いもの(厚さが0.2ミリ以下が多い)、保管の状況が、「何枚も重ねてあったり、フィルムのように巻いてあったり、屑ものであれば木箱や○(判読不能)ほどにつめ込んでおいた」場合に限られ、「更に相当年数経過したものであることも条件で、新しいものは見当たらない」としている。

4) 出火の業態や場所については、(以下、25、26年の合計)表2の通りで、当然ながら、セルロイド工場が最も多いものの、そのほかに、商店や住宅でも起きていることが特徴であった。当時、セルロイド製品が店や一般家庭に多くあったことを裏書きしている。

表2  出火の業態
区分 件数
工場・作業場 23
内セルロイド 9
その他 14
商店 11
住宅 10
その他* 4
注:*映画会社、新聞社、官公庁の計

 出火場所については、倉庫10、物置8、押入れ7、貯蔵庫3と物品の収納場所が最多であり、さらに廊下、縁側、棚上、居室の地袋等の順であった。

5) 最後に、建物の構造と収納場所の向きによっても大きく異なる。すなわち、建物はトタン葺き屋根、収納場所は南ないし西向きの場合、発火の件数が多く、日照の影響が大きいことが判明している。


以上、ガリ版刷り・A4で4枚足らずのこの短い報告を読んで、感じることは次の通り。
  1. 当時、セルロイドは自然発火による火災の主因であったこと。戦後4年から6年とまだ復興もままならない時期であっただけに、すべてが乏しく、国民は日々の生活に追われ、防火体制どころではなく、それだけにセルロイドの自然発火も少なくなかったのであろう。
  1. セルロイドの発火性も、その貯蔵の仕方、置き場所、季節(とくに夏季)、製品が新しいか古いか等によって大きく異なり、セルロイドだから即、発火する、危険だということではないこと。その保管に十分留意すれば、問題はあまりなかったのではないか。
  1. セルロイドは、このように自然発火の主因であったが、同時に戦後日常生活において現在のプラスチックと同様にいかに多くの用途に使用されていたかが、改めて分かる。ただ、その可燃性もあり、今では過去の産業になったといわれている。それでもなお、年間100トン程度の需要が着実にあり、世界需要の1割弱を占めている(ダイセルファインケムの2001年の講演資料による)。しかも、その用途分野は他の素材によっては替え難い事実は看過できないところだ。実情を知らずに過去の産業だと切り捨てるわけにはいかないと思う。

(2011年5月30日)

著者の平井東幸氏は、東京産業考古学会副会長で、元嘉悦大学教授、千葉県在住。


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