研究調査報告
平井 東幸
戦争直後のセルロイド製造原単位
セルロイド産業史4


 過日、東京・霞が関の経済産業省の図書館を利用した折に、「セルロイド」で検索してみると、何と昭和24年のセルロイド製造原単位表を「発見」した。

 これは、敗戦直後、当時の通商産業省(今の経済産業省)が化学工業原単位調査委員会を設けて品目別に作成したもの。ここで取り上げる調査はその下部組織のセルロイド・硝化綿部会がまとめたもので、そのタイトルは「セルロイド・硝化綿原単位調査表―1949−」。

 その目的を、調査実施要領によってみると、「セルロイド及び硝化綿製造の実態を把握し、その能率基準を設定し、之によって工場操業に目標を与え、生産計画の樹立、原材料の確保及び配当基準設定並びに適正価格の算出等斯業に関する諸般の工業政策に基礎数字を与うるに在る」とされている。要するに、GHQ指令による統制経済下において、原料割当、統制価格設定、製品配給等に使用するために、関係各社からデータを集めて作成したものであり、戦後統制時代の歴史的文献として貴重なものであろう。

 ここで、ちょっと脇道に逸れるが、事情に詳しくない方に説明しておくと、「原単位」とは、製品1単位当たり製造するのに必要な原料や労働力を一定の前提条件のもとで算定したもの。このデータは個別企業にあってはコスト計算、資材や役務の調達、生産性向上対策等に広く利用される。

 
 調査対象の企業は、大日本セルロイド梶A旭化成工業梶A滝川工業梶A筒中セルロイド梶A大成化工鰍フ5社であった。「他の会社については操業期間、其の他の関係より適当と認め難いため査定より除外した」としている。因みに、「他の会社」とは、中谷化学工業、大阪セルロイド、東京セルロイド工業所、淀川化学工業である。各社から提出された数値をもとにして、原料と労働力の原単位がまとめられている。
 
 この資料は、わら半紙B4で20数ページのガリ版刷り。各社別工場別のデータが原紙、硝化綿、セルロイドの3部門に分けて詳細に掲載されているが、60年以上前のデータであっても各社別の公開は控えて総合数値だけを示すと以下の通りだ。

■セルロイド生地原単位(10kg当たり)

摘要 (備考) 原単位
硝化綿(揮発分30%,kg) 106.0
樟脳 (kg) 26.5
酒精 (kg) 8.0
染顔料(kg) 1.5
石炭 (kg) 22.0
電力 (kWh) 120
労務 (人) 8.0
直接 5.0
間接 3.0

 なお、データの期間は概ね昭和23年4月から24年3月までの1年間。また、労務原単位については、一日8時間、月25日労働。


 ところで、当時のセルロイド業界の事情については、『昭和産業史』第2巻に詳しい。この本は戦後間もない昭和25年11月に「東洋経済新報」創刊55周年を記念して東洋経済新報社から出版されたもの。そのなかで、セルロイド工業は、セルロイド貿易会の藤村常務理事とセルロイド生地倶楽部の矢野氏が執筆している(33〜43p)。その一部を以下に紹介してみよう。

 「終戦後においても、原材料及び燃料の不足から、セルロイドの生産は制限され、戦前の一五%程度の生産しか行われなかった。そのため、その供給が不足したので、連合軍総司令部の指示に基づき、関係官庁間で協議の結果、セルロイドに対して指定生産資材に準ずる取扱いをなすことになり、四半期毎に民間代表機関に諮問の上、用途別配給割当が行われることなった。・・・・・すなわち、輸出向け、進駐軍向け等にセルロイドの配給割り当が行われ・・・・」云々。

 しかし、再製生地生産も活用して在る程度まで不足を補い、そのうち、原材料・燃料不足も徐々に緩和されていき、生産割当も昭和24年をもって打ち切りとなった由である。

 なお、同書の36pにはセルロイド原単位について次の記載がある。ただし、上表とは符合しない点があるが、これは硝化綿からスタートするか、原紙からスタートするかの違いいよるところがあるのか、あるいはこの原単位はセルロイドではなく硝化綿のものではないかとも思われるが、参考まで紹介しておく。


■セルロイド生地1トン当りの主原料は次の通り。単位はいずれもトン

原紙(綿繊維) 0.56
硝酸 1.1
硫酸 1.1
樟脳 0.26
酒精 0.42


 戦後66年が経った今、この原単位表を眺めると、以下の感想が浮かぶ。

@ガリ版刷りのこの20数ページの小冊子は、戦後の物資不足時代をしのばせてくれる。説明文も古風で、まだ戦前の香りがする。

A物不足のひどい統制経済を円滑に運営するための対策の一環として、原単位の算定やモデルプラントの作成等が、当時セルロイドに限らず、多くの主要業種で本格的な産業復興を目指して鋭意進められた。官民一体となって取り組んだ、あの懐かしい時代をしのばせる。

B当時は各業界では業界団体を中心にして企業が力を合せて国と密接に協力して復興に当ったが、東日本大震災後の復旧・復興をどう進めるか、当時の経験と知見、それと企業や国民の頑張りは、今日にも役立つところがあるのではないだろうか。
                             
(2011年5月13日)

著者の平井東幸氏は、東京産業考古学会副会長で、元嘉悦大学教授、千葉県在住。


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