第二十四回近代文化遺産の保存修復に関する研究会


松尾 和彦


 去る平成二十三年一月十四日東京文化財研究所地下セミナー室において「第二十四回近代の文化財の保存修復に関する研究会」が開かれ、当セルロイドハウス横浜館の松尾副館長が講師を務めてきました。その時の記事を以下に記します。

 日本におきましては奈良や京都、さらには古墳、土器、石器のように古いものを尊重する文化があります。さらに絵画工芸品などの美術品も大切にします。しかし少し古い産業物につきましては廃棄してしまう傾向が強く、新製品が出ますと従来の品物はただのゴミとなってしまいます。さらに技術が継承されていかずに途絶えてしまうことがあります。良い例がコンピューターで新バージョンとなりますと旧来のタイプとの互換性が無くなってしまっています。

 このような風潮によってセルロイドも古い産業物とされていましたが、当館の岩井館長他の尽力によって保存されていますことは御承知のことと思います。

 東京文化財研究所は名前の通り文化財の研究を行っている機関ですが、その中に保存修復科学センターがあり、さらに近代文化遺産研究室によって明治以後の文化遺産を研究しています。

 今回開催されました「第二十四回近代の文化財の保存修復に関する研究会」は「映像・音声記録メディアの保存と修復について」とのテーマで進められました。

 先ず登壇いたしました東京文化財研究所の中山俊介様は先ず重要文化財の指定を受けている映像・音声記録メディアの紹介をいたしました。

 次にSPレコードの修復について述べられましたが、それは某社の百周年の社訓が記録されているのですが硝化綿が縮んだために剥離しているものの修復を依頼されたのがきっかけとなっているものでした。

 次にフィルモン音帯について述べられました。このフィルモン音帯は1937年(昭和十二年)に三年後に迫った東京オリンピックを記録するために日本で開発されたもので、当時としては画期的な三十六分の記録が可能な装置でした。

 しかし残念ながら戦争の激化に伴い活躍する機会を奪われ本来ならオリンピックを記録していたであろう年に製造中止となってしまいました。

 現在、このフィルモンの機械は早稲田大学演劇博物館と福井市のコレクターが所有する二台のみとなっています。さらに記録したテープも百本ほどが残っているのみとなっています。

 テープはセルロイド系の素材をエンドレスでつないだものですが、長年に渡って四角い箱に入れられるなどしていたために変形しているものが多くアイロン、手芸用のコテなどを使っての伸ばし作業が行われています。ただし三〜四時間で50センチ程度と効率はよくありません。

 最後に傷のついたガラス乾板の修復などを話されました。

 次に登壇いたしました松尾副館長は「音声・映像メディア媒体としてのセルロイド」というテーマで話しました。

 セルロイドは世界で最初の合成樹脂であるがために音声・映像を記録する媒体としても使用される機会が多かったのですが、現在ではそのような事実どころかセルロイドそのものが忘れられた存在となろうとしています。

 そのためセルロイドとは何かを説明するところから始めて、セルロイドの用途、保存法を述べた後に、如何にして音声・映像と関わりあってきたかということを年表方式で発表いたしました。

 続いて文化庁の岡部幹彦様は「映像資料保護の現状と課題」と題するテーマを語られました。

 保護すべき対象となる近代の歴史資料はペリー以後第二次大戦終結までとしているが、現代につながる科学技術産業技術等は昭和三十年代初頭までに基礎を持つものが多く、高度経済成長が始まる頃まで考慮する必要があると話されました。

 その後、日本で最初の写真として知られている島津斉彬像、旧江戸城写真帳などについて話された後、重要文化財として指定された二本のフィルム「紅葉狩り」「史劇楠公訣別」について話されました。

 その後、これまで再生できなかったスコットのフォノトグラフ(音声波形図)を読み取った話をされた後に、今後の課題として密接な調査を行うべきであると述べて締められました。

 昼食後に再開されて登壇いたしました大阪芸術大学映像学科太田米男教授は「玩具映画及び映画復元・調査・研究プロジェクト」というテーマで話されました。

 玩具映画とは大正から昭和の初期にかけて手回しの玩具映写機によって一般家庭で映画を見る習慣がありました。

 太田先生は、その玩具映画の第一人者で約800本の玩具映画を復元されています。オリジナルフィルムは劣化の進みが著しいものが多く修復には大変な困難が伴います。

 この作業を行っているうちにナイトレートフィルムとアセテートフィルムとが混在していることに気づかれ、ナイトレート専用室を設けられるようにされました。

 フィルム修復には人材の確保、音響部の充実などが必要であることを力説されました。

 続きましてフィルムセンターの栩木明(とちぎあきら)様の講演となり、フィルム保存にはコンテンツ(content=画と音に関する情報)、キャリア(career=これらの情報を記録するメディア)、コンテキスト(context=メディアに記録された情報を再現・伝達するために必要な装置・システムや、上記すべてのものに関連する資料や歴史的文脈)の3Cを不即不離のものとして保存する必要性を語られました。

 その意味においてフィルムセンターの仕事内容について語られた後に映画における音声の記録と再生の話となり、日本で最初の音声付映像フィルムである田中義一首相の演説(1928年=昭和三年)を放映されました。また家庭用レコードトーキーとして我が子を映したフィルムも放映されました。

 元ソニーに勤務されていて現在はログオーディオ株式会社の代表取締役である坂本通夫様は、音声の専門家だけにサウンド記録の歴史を述べられました。

 SPレコードLPレコードが如何にして一般に普及していったか、録音方式にはダイレクトカッティング、電気式録音、磁気録音、光学録音などの種類があること、それぞれの録音方式による保存性を話された後にレコードの音源修復となりました。

 レコード盤は割れたり剥離することも多く、使用過多による音溝の摩耗、傷、カビなどの付着、パッケージ等の紙の貼りつき、変形といった損傷を受けることがあります。それぞれの場合ごとの物理的修復手段を語られました。

 さらにレコード音源からの収録、再生、ノイズの発生と処理などについて述べられた後に注意点を語られて締められました。

 最後の登壇となりましたベルリン科学技術大学保存修復科のKerstin Bartels准教授は元プロカメラマンで、勤務先である大学の紹介を行った後にカイロの考古学美術館より依頼を受けて仕事を行った話などをされた後に写真の劣化の話及び保存修復の話となりました。

 それぞれの劣化状況に合わせた保存方法があるのですが、保湿性のないゼラチンは円状の筋をなす傾向があり、固定を間違えると元のものとは異なったものになってしまうことなどを話されました。

 最後に約四十名ほどの参加者との間での応答となり幾つかの質問がなされた後に散会となりました。

 私どもとしても今後このような機会に参加することが増えると思います。そのような時には積極的に参加していきたいものです。



著者の松尾 和彦氏は歴史作家で近世、現代史を専門とし岡山市に在住する。


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