研究調査報告書
平井 東幸
産業遺産としてのセルロイド
セルロイド産業史12

 最近、「産業遺産」という言葉が使われるようになってきて、社会でも認知されてきたようで、関係者の一人としてまことに同慶に堪えない。2014年には富岡製糸場が世界文化遺産に登録されて大いに話題になったが、わが国で産業遺産が世界遺産になったのは、これが初めてであった(同年秋に国宝に指定された)。
 そこで、わがセルロイド業界には、どのような産業遺産があるだろうか?100年を超える歴史がある産業だけに、様々なものが現存しており、保存されている。

1. 産業遺産とは?
 ところで、そもそも「産業遺産」とは何か?その定義は必ずしも定まっていないが、概ね、「産業革命以後の産業や技術に関わる建造物、機械、道具、文書、映像等、さらには景観で後世に遺すべきもの」と言える。換言すれば、文化財の一種であり、「産業文化財」と言い換えてもよい。文化財というと、従来とかく、社寺仏閣、仏像、書画、工芸品となるが、幕末以来およそ150年が経過しているので、明治・大正・昭和期の工業化・産業化の歴史を証する有形・無形の遺産が全国に多数残されており、その一部は文化財としての価値を認められて保存されている。

2. 産業文化財としての指定や認定
 これらの貴重な文化財は、国宝、重要文化財、登録有形文化財等として指定ないし登録されて保存・活用されている。以上は文化財保護法によるものだが、このほかに経産省の「近代化産業遺産」、地方自治体の指定文化財等がある。因みに、文化財保護法が出来たのは、あの法隆寺金堂が焼失してからである。
 さらに、学会や業界団体でも、関係する歴史的に重要なものを、文化財として認定している。例えば、産業考古学会の「推薦産業遺産」、日本機械学会の「機械遺産」、土木学会の「土木遺産」、日本化学会の「化学遺産」等である。

3. セルロイドの産業遺産
 わが国化学工業の創世記に、その牽引役の一つであったのが、公知の如くセルロイド工業であった。それを生地製造の面で担ってきたダイセルについてみると、平成19年度に経済産業省の「近代化産業遺産」に、網干異人館が認定された。次いで平成23年には日本化学会がダイセル工業の所有管理するセルロイド関係の一連の建造物・資料を「化学遺産」として認定した。以下にその認定理由を引用しておく。 

 「認定化学遺産 第009号:日本のセルロイド工業の発祥を示す建物および資料」
「セルロイドは世界初の汎用樹脂であり、日本では1908 年設立の堺セルロイド梶i大阪府)および日本セルロイド人造絹糸梶i兵庫県。現在のダイセル化学工業(株)網干工場)が初めて製造し、1937 年には世界一の生産量を誇った。用途は、キューピー人形などの玩具・眼鏡フレーム・ピンポン球・筆箱や下敷きなど、身の回りで広く愛用された。しかし戦後の石油化学樹脂の隆盛に押され、また燃えやすさによる事故の多発もあり衰退、1996年国内生産の幕は閉じられた。本認定化学遺産は、我が国セルロイド工業の発祥・隆盛を現在に伝える貴重な建物と資料である。」

 もとより、それ以前にも、セルロイドが文化財として世に認められた例としては、大阪セルロイド会館(国の登録有形文化財)、葛飾区セルロイド産業発祥地記念碑、先年閉鎖されたセキグチドールハウス(共に東京都葛飾区指定有形民俗文化財)がある。
 そこで、セルロイドに関係する貴重な遺産を紹介すると、主要なものは表の通り。もとより、これは網羅的なものではなく、このほかにも多数のセルロイド遺産が各地にある。

表1   主なセルロイドの産業遺産(事例)
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区分/名称                 所在地          文化財のステータス等
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<有形文化財>
ダイセル建物・資料             兵庫県姫路市網干   化学遺産、近代化産業遺産
(異人館、旧ボイラー棟等)       
大阪セルロイド会館             大阪市東成区      国の登録有形文化財
セルロイドハウス横浜館収蔵       神奈川県横浜市
の製品機械工具文献
葛飾区セルロイド産業発祥地記念碑  東京都葛飾区      葛飾区指定有形民俗文化財
旧セキグチドールハウスの収蔵品    同上           同上(2010年より非公開)

<無形文化財>
映画:
「セルロイドの話」(白黒17分)1938年(昭和13年) 文部省/大日本セルロイド
VTR:
「セルロイドおもちゃ今昔」(50分)1997年 日本プラスチック玩具工業組合・東京プラスチック会館が
組合創立35周年記念事業として制作
「セルロイドにかたちをあたえて」(20分)平成14年、セルロイド横浜館制作
「眼鏡職人群像」(39分)2010年 金子眼鏡
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4. 博物館、資料館のセルロイド産業遺産
 先ず以って取り上げたいのは、わがセルロイドハウス横浜館である。鰍cJKの旧施設を活用した同館のオープンは2005年、鉄筋コンクリート3階建て、その収蔵品は、10万点超、わが国ではもとより、世界屈指の規模を誇っている。これらの資料は調査研究目的で公開されており、収蔵品は撮影用にも貸与されている。
 1階では、セルロイドの歴史を、2階と3階は、製品を中心に展示している。その収蔵対象は、樟脳等の原料から製品まで、製造工程で使用されていた機械工具類、各種セルロイド製品、内外の文献、セルロイドの歴史を築いてきた人物の紹介等と、およそセルロイドの産業、技術、文化、生活にかかわるあらゆる分野が網羅されている。

表2  横浜館の展示概要
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階    主要な展示内容          展示品
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1階   セルロイドの歴史と製法     硝化綿、樟脳,生地とその製法
                         大正・昭和初期のセルロイド生活
                         製品・学用品、家庭用品、人形、
                         製品製造用の各種機械・金型、工具等
2階   セルロイドの製品         グリーティングカード(フランス製)
                         人形、ボタン、日用雑貨、象牙状彫像品、
                         アメニティ、生地見本、内外の書籍文献
3階   同上                 楽器、レコード・映写用フィルム、
                         特設コーナー:「Always 3丁目の夕日」
                         「キューピー人形とその作者」、「ディズニーと
                         セルロイド製品」「セルロイドの発明者の
                         紹介」等 
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(資料)同館発行のパンフレット『セルロイドハウス横浜館』

 セルロイド関係の遺産は、上記3,4で述べた以外にも、各地の博物館や資料館に収蔵されている。例えば、東京都の葛飾区立郷土資料館では、同区がかつてセルロイド加工産地であったので、関連史料を収蔵している。関口ドールのコレクションは、近年同館に寄託された模様である。また、現役の平井玩具製造所からも同館にセルロイド製品や金型が寄託されている。足立区郷土資料館でも同様にかつての郷土の産業であっただけに史料収集をしている模様。
 このほか、全国各地の玩具資料館、人形資料館等にもセルロイド製品が収蔵展示されているケースがある。因みに、ボタンの博物館(東京都中央区日本橋浜町、潟Aイリスの企業博物館)にはセルロイド製の美しいボタンが展示されている。

5. 終わりに
 こうしたセルロイド関係の産業遺産は貴重な文化財であるが、日常生活で目にすることがなくなったので、一般の認識が薄くなっている。それだけに、セルロイド関係の貴重な文化財のうち、とくに歴史的、技術的、文化的に重要な物件を「セルロイド産業遺産」として認定することを関係者にお願いしたい。そうすることで、セルロイドが産業として文化として将来にわたり末永く継承されていくことに大いに役立つことになるからであります。
 そして、是非、皆様におかれてもセルロイドを文化財としての観点から見直していただき、埋もれているはずの産業遺産の発掘をお願いしたい。
 なお、セルロイド関係の史料についてお心当りのある向きは、是非 celluloidhouse@aol.com あてにご連絡いただけると幸甚です。
 以上は、2015年4月25日(土)にセルロイド産業文化研究会総会に引き続き開催された研究会で報告した内容を一部修正したものです。(2015年11月15日)
 


著者の平井東幸氏は、東京産業考古学会副会長で、元嘉悦大学教授、千葉県在住。


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