| 速報 東日本大震災 |
2011年3月11日(金)14時46分頃、日本の歴史上最大、世界的に見ても五本の指に入ろうかというマグニチュード9.0の大地震が発生しました。この地震は単独のものではなく先ず宮城県の牡鹿半島沖で破壊が始まり、続いて福島県沖、さらに茨城県沖と破壊が連続したものと言われています。 地震は二種類あって活断層が動いたために起きるものと、今一つはプレートの境界で起きるものです。阪神淡路大震災は前者のタイプで野島断層が動いて発生しました。このタイプは直下型とも言われ断層の近くでは大変な被害となりますが、少し離れたところでは何事も無かったかのように何時も通りの暮らしをしています。神戸では大被害を受けて何千人も亡くなっているのに二十キロ位しか離れていない大阪では被害が無かったように比較的局地的です。 これに対して今回のようなプレート境界型は被害が何県にも渡る広範囲なものとなってしまいます。日本列島が地震列島とも呼ばれるのは太平洋、フィリピン海、ユーラシア、北米(オホーツク)の四プレートがひしめいているためです。このプレートはそれぞれが勝手な方向に動いていて隣り合うものがぶつかり合ったり、潜り込んだりこすれあったりしています。プレートが潜り込むところでは一方が引きずり込まれ曲げられていきます。そして限度に達すると境目が破れて跳ね返ります。これが今回のような巨大地震となるわけです。 今回、被害の中心地となっています三陸海岸沿いはリアス式海岸と言われ鋸の歯のようになっています。このような地形は普段は風光明媚な場所で国立公園となっています。しかし一度津波に襲われるとU字形V字形をしている湾の奥にまで波が押し寄せてきて今回のような大被害となってしまうわけです。 過去に「三陸大津波」と呼ばれているものは幾つもあって1896年(明治二十九年)には二万六千人もが亡くなっています。また1933年(昭和八年)の大津波は二十八メートル以上を記録しています。ところがマグニチュードだけを比べると1896年が6.8、1933年のものでも8.1ですから、今回の9.0が如何に凄い数字であったかが分かります。このマグニチュードですが、0.2違うと二倍になります。1.0で三十二倍です。1933年の大津波を教訓として備えた堤防、水門などを越えて行ったのも無理なからぬところです。 大地震とそれに伴う津波ですがインドネシア沖のもので二十二万人もの死者を出したのは、まだ記憶に新しいと思います。またチリ地震津波のように太平洋を越えてやってきた例もあります。 旧訳聖書に出てきますモーゼの話は海の中に道が現れますが、これも津波であったとする説があります。ただし地震ではなくてサントリニ島の大爆発によるものだとされています。この大爆発は道が出来るだけでなく、エジプトにもたらした十の災い総てを説明できるものです。 今回の地震と津波による被害は日本の歴史始まって以来のものともいえますが、戦争でも立ち直ったのですから必ずや復興してくれると信じてやみません。 |
| 松尾 和彦 |
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