セルロイドカンファレンス2001大阪
開会宣言とご挨拶
2001年10月26目(金)
セルロイド産業文化研究会
会長 甲斐 學

ただ今から、“セルロイドカンファレンス2001大阪"を開会いたします。
本日はこのカンファレンスに、大勢ご参加頂きまして誠に有難うございます。
余裕を見て設営したつもりの会場が手狭になったことを参加者の皆様にお詫び申し上げる一方で、主催者としてはこれだけ多くの方々が強くて高い御関心をお持ち頂いているのだとむしろ大変喜んで居ります。
ここで、昨年ミレニアムの年にセルロイドカンファレンス2000を東京で開催し、本年21世紀の幕開けの年にセルロイドカンファレンス2001を大阪で開催した意義をお話したいと思います。
セルロイドはこの100年間、合成プラスチックスの時代を花開かせる先駆けとして
  1. 素材を構成する材料やその性質や役割の研究
  2. 素材を工業化し製造するための装置・機器やプロセスの研究と開発
  3. 商品の創造と開拓
  4. 商品化するための加工技術の発明と開発
  5. 商品を保証するための仕組みと体制の確立
  6. マーケットチャンネルと流通機構の確立
  7. それを支える学会・協会や工業会の設立や支援
を行ってきました。

今回お集まりの皆さんは何らかの形でこのうちの大切な役割を担われ、それを踏み台として新しい事業展開に成功された方々でございます。

80歳後半の方々が今なお矍鑠としておられる今こそ、その成功体験を充実感を持って
  1. 新しい素材を新しい事業として興すための取り組みかた
  2. その全盛時代にその技術と市場の系譜を生かして次の事業に取り組む対応のしかた
  3. その土台となった資料を生きた姿、有りの侭の形で残して伝えて行く役割の担い手として
次の世代のためにお力添え頂くまたとないチャンスであると考えております。

“136歳のセルロイド ―長寿の人の一生涯―"
慶応元年(1865)にイギリス人パークスがニトロセルロースと樟脳の固溶体について特許を得、“パーキシン"と名づけたのが136年前。
明治元年(1668)にアメリカ人ハイヤットがセルロイドを発明したのが133年前。
明治4年(1871)にハイヤット兄弟が(後にセラニーズ・プラスチックスカンパニイの基礎になる)セルロイド製造会社を設立したのが130年前。
明治8年(1875)にイギリス人スピルがパークスの研究を企業化し“ザイロナイト"の商品名で製造開始したのが126年前。
明治17年(1884)にアメリカ人イーストマンが写真フイルムを発明したのが117年前。
明治23年(1890)に丸見屋商店三輪善兵衛が東京で斎藤子納を工場長にしてセルロイド生地の製造に着手したのが111年前。
  • 明治27年(1894)日清戦争勃発 (97年前)
  • 明治37年(1904) 日露戦争勃発 (87年前)
明治41年(1908)に日本人造絹糸株式会社設立(三菱) と堺セルロイド株式会社設立(三井)が93年前。
  • 大正3年(1914) 第一次世界大戦開始
大正8年(1919)に日本のセルロイド製造会社8社が合併して大日本セルロイド株式会社を設立したのが82年前。
  • 昭和16−20年  第ニ次世界大戦
それからが激動の56年  石油化学と合成高分子の時代

私どもは、セルロイドカンファレンス2000までの1年聞をセルロイド産業文化研究会のイメージと会発足のための準備に使いました。
そしてそれを契機として発足したセルロイド産業文化研究会が主催する形で、東京と共にこの産業を支えた拠点大阪で2001年度のカンファレンスを開催いたしました。

メンバーの熱意に支えられたボランティア活動がその原動力であり、メモワールハウスのオーナーであり館長でもあるDJK INTERNATIONAL INC.の社長 岩井薫生さんが経済的に夢を賭けてTIONAL LNKの社長 岩井薫生さんが経済的に的にこの活動をを支えておられます。

このセルロイド産業文化研究会はセルロイドに郷愁を持つお宅族が集まってノスタルジャに浸る場ではありません。
去年にはセルロイド産業文化研究会の発足の意義を少し心情的にお話しました。その内容は今日お配りした資料“セルロイドカンファレンス2000講演集”に収載されておりますので是非ご覧ください。

この研究会がこれまでに何をして、これから何をしようとしているのかを、このあと岩井さんから具体的な活動を通しておはなしがあります。

ここでは別の視点からセルロイド産業文化研究会の存在意義とあり方を御提案して、会の目的と目標を一層明確にしてみたいと思います。

初めての人工的な樹脂としてセルロイドが
  1. なぜ開発されたのか
  2. なぜ世界的に大きな産業にまで成長し、日本がそのフロントランナーにまでなったのか
  3. なぜこの50年ほどの間に他の合成高分子材料に置き代わったのか
  4. 他の合成高分子材料の開発にこれがどのようなインパクトを与えたか
  5. そしてなぜいまだにセルロイドでなければならない用途が残っているのか
  6. いまだにセルロイドを懐かしみ愛する人たちが大勢おられ商品を大切に使ってくださっているのは何故なのか
と いう様なことを切り口として”セルロイドとその周辺”の産業と商品がそれに関わった人や祉会にどのような影響を与えどのような文化を形成したのかということを以下に申し述べます三つの視点から取り組んでいきたいとかんがえております。

その三つの視点とは
  1. 生きたままの姿とかたちで資料や試料を集めて保存しそれらにありのままの事実を語らせるような環境を作りたい。 研究会の活動を通じてできればこれらの資・試料を解析し評価するだけのカをつけたいしそのような作業をしてみたい。
  2. ”産業(・)文化”というジャンルを祉会的・学問的にどう位置ずけるのかということをセルロイドという事業や商品に必要な研究や開発がそれに関わった人や社会にどのような影響を与えたかを
  • 科学
  • 技術
  • 工学
  • 商品学
  • 流通
  • 安全や品質保証の仕組み
  • 情報の伝達や記録・保存
  • 研究&開発の手法
  • プロジェクト マネージメント
  • 生活や気持ちのゆとり・遊び・いやい
  • 仕事としてセルロイドにいのちを賭けた人々
  • セルロイドに魅せられた人々
  • 学会・協会や工業会
などの側面を考察することによりそこで形成された文化がその後の社会にどのような影響をおよぼしたのかということを考えてみたい。

こういう視点が産業文化というジャンルのイメージ作りに役立つのではないかと考えております。

ただの一例として取り上げてみましても、たとえばセルロイド検査協会は通産省の高分子素材研究センターとなり、さらに化学技術推進機構JCIIの母体として換骨奪胎されてまさし<21世紀のために機能しております。
大阪セルロイド会館は2000年度に大阪市指定の文化財として登録されております。
  1. そして上述の二点に関わる作集に役立つような場を提供していきたい。
    セルロイドカンファレンスはまさしくこの機能そのものでありますし、懇親会は参加者全員がそれぞれ意見を述べ、意見を交換し新しいネットワークを形成する場であります。

私達セルロイド産業文化研究会のメンバーはセルロイドを世間に正しく理解していただくという脇役に徹して、今なおセルロイドとその周辺のお仕事に関わっておられる現役の方々のお力にはなりたいとは思いますが、いわゆる”時の止まった感覚の先輩たち”として、事ある毎に、”昔取った杵柄”とばかりにしゃしゃり出て、不用意にあるいは興味本位で、面白おかしくはしゃぎ回って現役の方々の足を引っ張るような事やセルロイドのイメージダウンにつながるようなことにに手を貸すつもりはありません。
是非この点を誤解のないようによろしくご理解願いたいと願っております。

みなさま今後ともこのセルロイド産業文化研究会の活動に対して十分なご理解を賜り、ご指導頂きますと共に可能な限り情報や資料の提供などに御支援くださいますようにおねがいもうしあげます。

今回の一日を楽しくお過ごしください。

どうもありがとうございます。
以上
2001年10月25日作成


甲斐 學氏
(セルロイド産業文化研究会 会長)


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